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ご存知ですか?モアイがなぜ出来たのか・・
モアイは10世紀から11世紀にかけて、島の東側にあるラノラノクで集中的に作られ島中に広がりました。 なぜつくられるようになったのか。はっきりとした事は残念ながらまだわかりませんが、ただ巨大なモアイがたてられる前、人々は村にアフと呼ばれる祭壇をつくっていました。日本でいえばさしずめ神社で、そこは神聖な信仰と集会の場所です。はじめのころのアフはプラットホームのような形で、村の守り神存在だったことから、村はこのアフを中心に広がっていきます。(アフをよく観察すると、ポリネシアに広く伝わるマラエと呼ばれる神社とそっくりです!)ポリネシアではこのマラエに祈り、村の繁栄を祈っていました。そこに安置されたものは、石でできた椅子や、木で出来た神の像など神のシンボルとなるようなものばかり・・・。イースター島の場合、アフに祀られたものは、神格化された祖先だといわれています。7世紀から8世紀になると、アフの上に小型の石像がのります。石像になったのは、イースター島の風の強さが影響しているのかもしれません。(木では吹き飛ばされてしまうからです)また木よりも石のほうがふんだんにあったからとも言われています。そしてアフに祀られている神格化された祖先を石に刻み始め、信仰し始めていきます。10世紀から11世紀にかけて、島は豊かに潤いやがて人口も増加し食料も豊富になり・・・。そして各部族間で力の強さを競い合うようになり、(大型なモアイ)=(力が強い部族)、どんどんモアイが作られていったのです。その姿はあまりにも迫力に満ち人々を圧倒したことでしょうね。その後 やがて部族間の争いが激しくなりモアイ倒し戦争が始まっていったのだそうです・・・。

ケビンコスナーが監督した「モアイの謎」をレンタルビデオで見てからいくと、モアイ倒し戦争などの時代背景がわかります(スタッフ談)。

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